「サマセット・モーム」というイギリスの小説家・劇作家がいました。彼は詩も残しており、その言葉の中に、「他者の作品鑑賞は自分の創作活動の食前酒である」といった趣旨のものがあります。もちろん、これは他人の作品を真似たり、アイデアを借りたりするという意味ではないはずです。他者の作品に触れることで自分の創作意欲が刺激され、そこから過去の経験や自分自身の感性と結びつき、やがて自分だけの表現として昇華され、生まれ変わっていくという意味なのだと思います。
この「他者の作品鑑賞は自分の創作活動の食前酒である」といった趣旨の詩を、親交のある作家の方から12~3年ほど前に教えていただきました。ちょうどその頃、私は自分の作品制作に行き詰まりを感じていました。そんな時期にこの詩に出会ったことで、私は自分の中にあった「忘れかけていた姿勢」を、もう一度取り戻すことができました。「忘れかけていた姿勢」とは、自分以外の作品、つまり古今東西のさまざまな作品を鑑賞することです。
食前酒とは、文字通り食事の前に飲むお酒のことで、気分を高めたり、食欲を刺激したりするものです。作品鑑賞も、それと同じようなものだと「サマセット・モーム」は言いたいのだと思います。
他人の作品を見たり、読んだり、聴いたりすることは、それ自体が自分の創作ではないのは言うまでもありません。しかし、自分の感覚とは違う作品や、思いもよらない作品に触れることで、「自分も何か新しい視点で作りたい」「まだ誰もやっていないことに挑戦してみたい」という気持ちが刺激されます。あるいは、「自分ならこうする」「自分だったらこんなふうに表現する」と考えることで、自分自身の内側にあるものが動き始め、同時に、これまでの自分の作品や、自分自身の表現について内省するきっかけにもなります。
つまり、「食前酒」は作品から「何かを得る」のではなく、作品に触発されるということなのです。こうしたことを意識し始めたのが、おそらく2014年頃だったと思います。それを境に、屋外での撮影機会も徐々に増えていきました。そして、これまでWAM作品では起用されていなかったモデルさんや、まだ撮影の舞台となっていない場所を自ら探し、そこで作品を制作する機会も増えていきました。
古今東西の他者の作品に触れたことをきっかけに、自分の中にある経験や記憶、感性、価値観などが刺激され、それらが混ざり合って、やがて自分自身の表現として形になっていったわけです。そして、これまでの常識にとらわれない企画や撮影手法にもチャレンジしていく姿勢が身についたわけです。それが2024年に実施した、タイロケや沖縄ロケ、昨年や今年に実施した泥んこイベント撮影、海上アスレチック場での撮影などにつながったのは言うまでもありません。
もちろん、プールや海での撮影をするために、必ずしもタイや沖縄へ行く必要はありません。「タイや沖縄で撮影すること」は必要条件ではないからです。近場のプールや海での撮影の方が、経費も安く撮影実現の難易度も遙かに下がります。
一方で、タイや沖縄のプールや海で撮影するということにおいて、「本質的な目的」は同じでも、タイや沖縄という場所を選ぶことで、そこに日本の近所のプールや海とは異なる風景や空気感、文化的な背景が加わります。それは作品を成立させるための「必要条件」ではありませんが、私の作品にとっては、そこに独自の味わいを加える「スパイス」となることは確実です。
このような考え方が出来るようになったのも、2014年頃から「食前酒」を嗜むようになったからです。他者の作品を見る → 感じる → 考える → 自分の経験や感性と結びつく → 自分だけの表現として生まれ変わるといったことが最近も多いです。ここでいう他者の作品とは、古今東西のフェチメーカーさんの作品を購入して鑑賞することを含みますが、YouTubeなどで無料で視聴できる動画も含みます。
数年前から実施し、皆様に好評をいただいている「YouTube動画ライブラリー」企画によって投稿していただく動画は、皆様に注いでいただく「食前酒」というわけです。
私にとって「食前酒」効果は絶大です。「食前酒」の効能として、不思議と新しいモデルさんとのご縁が次々とできたり、新しいロケ地が見つかったり(紹介も含む)、様々な形での協力者が現れてその関係性が強固なものになっていくのです。もちろん、行動なくして何も得られませんので、「食前酒」の後には、色々と行動をしていることも事実です。今後の作品ラインナップ、今後の展開にご期待下さい。
「No Fetish! No Life!」
文責:ジュテーム家康