【連載】第25回:SNSは「感覚の顕微鏡」である コメントする / By 濡泥裂(ジュテーム)家康 / 2026年3月10日 毎月10日公開の連載記事として私(ジュテーム家康)が執筆していきます。SNSや動画プラットフォームによって、人の「好みの感覚」は、これまでになく可視化されるようになってきました。つまり、SNSは私たちの感覚を拡大して映し出す「顕微鏡のような役割」を果たしているといえるわけです。なぜならば、これまで(少なくてもインターネットが今のように浸透するまで)は、人がどんなものに惹かれているのかは、個人の内面にとどまることが多かったはずです。誰かが何かに興味がある(心引かれる)と感じていても、それが他の人にも共通する感覚なのかは分からないものでした。何となく好きな映像があっても、それを他人と共有する機会も全くといってほどなかったものです。しかし、SNS時代の今は、事情がまったく違なってきました。誰かが投稿した短い動画に、何万、何百万という再生数がつく時代です。そうした動画を観た瞬間、個人的だと思っていた感覚が、実は多くの人も思っていた(共有されていた)ということが明らかになるわけです。顕微鏡は、小さくて見えなかったものを拡大して見せる装置です。SNSも同じように、人の感覚の細かな偏りや好みを拡大して映し出すものです。有名人でもない普通の人がアップした、何の変哲のない動画がバズって、何百万回も再生されるのは、その中に多くの人の感覚を引きつける要素が潜んでいるからだともいえます。これまでは言葉にならなかった感覚を浮かび上がらせ、私たちは、その映像を見ながら「自分は、こういうものに惹かれる人間だったのかもしれない」と、気づくこともあります。SNSは、ただ情報を拡散するだけの装置ではなく、私たち自身の感覚を拡大し、これまで見えなかった内面の傾向を映し出す「感覚の顕微鏡」でもあるわけです。このことは「フェチ」的な要素を含む動画にも当てはまります。今までまったく「WAM」に興味が無かった人が、「WAM」的な動画をたまたま目にして、「何か気になる」「こういう世界もあるんだ」「よくわからないけど惹かれる」といった感覚を持つこともあるようです。フェチであれ、フェチにまったく関係ない動画であれ、よく分からないけど「なぜか気になる」という動画に遭遇した場合、それは、必ず自分の内側にある好みが、外の世界に映し出された瞬間でもあるのです。このように考えると、意識して自分が観たい動画を検索している時ではなく、何気なく動画を視聴している時にこそ、自分でも気が付いていないフェチに気づかされる(発見する)ことがあるのかもしれません。「No Fetish! No Life!」文責:ジュテーム家康■フェティシュポノ理念(Mission statement)https://fetish.gdp22.com/philosophy/